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プロフィール

うすいりえ(碓井梨恵)

1985年7月17日 大阪府生まれ
大阪府立四條畷高校
筑波大学体育専門学群
筑波大学大学院人間総合科学研究科体育学専攻スポーツ医学研究室
グロービス経営大学院経営研究科
民間企業でソリューション営業
公立高校保健体育教諭
一般社団法人立ち上げ
外資系IT企業にて教育政策
衆議院議員事務所政策スタッフ
大阪教育大学客員講師

​独立開業


【家族構成】 夫(元Jリーガー)、娘(8)、息子(4)

【尊敬する偉人】 高杉晋作

【座右の銘】 おもしろき こともなき世を おもしろく

             

誕生

1985年7月17日深夜
約4000gの大きな大きな身体に恵まれ誕生しました。

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おじいちゃんっ子の幼少期

小さな頃隣に住んでいた母方の祖父と大の仲良し。

保育園で泣き続ける私を心配して

一日中保育園のベンチで見守ってくれていたこともあったそうです。

祖父が他界した時、私はまだ3歳でしたが寂しく寒かった冬が記憶に残っています。

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やんちゃな小学生時代

木に登って毛虫をとったり、

泥団子を作ったり、

相撲をとったりとやんちゃな性格が徐々に出てきました。

体も大きく、女番長と呼ばれていたことも。

小学生時代、先生からはよく怒られていた記憶があります。

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荒れた環境で育った中学校時代

公立の中学校に進学。

荒れた地域だったこともあり、

毎日学校では何らかの事件が発生するという中学時代でした。
校則がとても厳しく、

高圧的な管理の理不尽さ感じながら耐え忍んだ3年間。
一方で、わからないことがわかるようになる勉強の面白さを実感し、
友人に勉強を教えることを通じて

勉強の可能性について深く考えた3年間でした。
当時木村拓哉さん主演のテレビドラマHEROが放送されており、

影響を受けて、検事になりたい!と思っていました。

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自分らしさを見つけた高校時代

大阪府立四條畷高校に進学をしました。
人生で初めて自分らしさを発揮できた3年間となりました。優秀な同級生に囲まれて、お世辞にも、成績は良い方ではありませんでしたが、行事には血が騒ぐタイプの人間で、文化祭、体育祭、修学旅行、遠足と率先してクラス・学年の中心で色んなことを企画していました。バスケットボール部では怪我をたくさんし涙をのみましたが、高校の体育教諭を目指すきっかけになる先生とも出会いました。人を巻き込むということ、正しい方向への努力は報われる自分で道は拓けるということを学んだ高校時代でした。

スポーツ医学に没頭した
大学・大学院時代

筑波大学体育専門学群に進学。ずっと勉強がしたかったスポーツ医学の勉強に没頭する日々を送りました。アメリカンフットボール19歳以下日本代表チームのトレーナーに選出され海外遠征に行くなど充実した日々を送りました。

サラリーマン時代

尊敬する経営者の元で組織のあり方や営業のイロハについて学ばせていただきました。大阪から神戸への通勤に疲れながらも、社会人として、”楽しみながら働く”価値観をここで形成していただきました。

高校保健体育教員時代

高校時代より志していた保健体育教諭になりました。地方公務員として公立高校で教鞭を執らせていただきました。人生経験も浅く、未熟だった私を暖かくご指導くださる先生方や刺激し合える同期に恵まれ、天職と思える仕事に出会えました。

出産

子どもが生まれ、これまでの価値観が覆されました。

仕事とプライベート、

この2つの世界でしか生きていなかったことに気付きました。

地域のあたたかさに気付けるようになりました。

一方で、実家から離れた場所、頼れる場所がない中で、

仕事をしながら子育てをする大変さ、

子育て支援の拡充の必要性を身をもって体感しました。

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2度目の大学院と政策学校

2度目の社会人大学院生となり経営学について勉強し、

学友と教育事業を立ち上げました。

​​大学院卒業後は政策について学びました。

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外資系IT企業での勤務と
衆議院議員政策スタッフ
​​大学講師
独立開業

教育政策を担当し、GIGAスクール構想に携わりました。
政策の影響力と構造的課題を目の当たりにし、

国政を志すようになりました。

衆議院議員の政策スタッフとしても働かせていただき、

国会質疑、政策立案を行ってまいりました。

公務員・民間企業、国内企業・外資企業、正規雇用・非正規雇用と

​多様な働き方を実践してきました。